喜多島 真由美のBLOG

8歳からダイエッター。最高記録は半年40kg減。6年後リバウンド。大病の発症を期に心も体もリバウンドしない今ここすっきりした認識を創ることから人生最後のダイエットを開始。欲求、インプットとアウトプット、細胞とはなんなのなど日常の徒然からのメッセージを発信します

都会と孤独と恋愛感情と依存を洞察。

ボンジューーール。

 

コマンタリブ?

 

 

 

なぜ、フランス語でスタートしたかと言いますと、本日この映画を観たからであります。


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パリジェンヌとして生きぬく気難しい老女と、その元愛人男性と、あるきっかけで田舎から出てきて老女のところで家政婦をすることになった孤独な女性。

この3人によるなんとも言えない人間関係を軸に凛とした最先端の街パリで繰り広げていく映画です。

映像やお洋服、景色や小物、カフェなどとってもオシャレで観てるだけで気分はパリジェンヌ🎶

 

しかしですね、

この映画、

映像の華やかさとは裏腹にストーリー展開は始終暗めです。

興味がある方は観てみてほしいと思いますが

要するに

テーマは

都会と孤独と恋愛感情と依存。

 

結局人は1人では生きていけないけど、

依存する、される関係性の人を創るのか?

その人が去った後にどうなるのか?

親を失い、配偶者を失い、友人を失い、恋人を失い

 

同じような関係をまた作ることの恐怖と安心。

結末も観ている人の数だけ千差万別な終わりになっていると思われます。

 

しかし、この映画のよいところは

今の自分の人間関係の作り方に

はたしてこれで良いものか?

と疑問を呈してくれるところかと思いました。

 

わたしの場合は

人と人が求め合う根本欲求について

深く洞察することができました。

 

登場人物は

老女、家政婦、老女の元愛人の男性。

この3人だけです。

 

家政婦の女性。

母親が死ぬまでは娘役。

それならいやでも死ぬまで母親の面倒をみたい。

意識では診たくないけど、根本的には

自分はそこが一番自分の活躍どころだ、と決めているから(なにせ娘なんで)

いやだと思いつつも

母親が死んでしまったら

やることがなくなってしまって

こどもは独立しているし旦那は酒浸りだし。

つまらないわ、と。

そしてまた娘役ができそうな老女の元へ家政婦として働きにでる。

 

年老いて1人で暮らす勝ち気な老女は

元愛人の男性にしか心を許せない。

元愛人男性は元々愛人関係であった彼女だし

さらにお店も持たせてもらったから恩義もあるし孤独な彼女を1人にしておくのは罪悪感。

この2人はつかず離れずしながら

お互いの親子のような、恋人のような、どちらでもないけどなんだかもう離れられないという依存関係に無意識では自分の存在感を感じている。

お互いの理屈において求め合っているということが安心なのでしょう。

 

そして老女は家政婦に

わたしはあなたの母親の代わりなんてごめんよ!

と言いながら自分を無意識に求めてくる家政婦に次第に心を開き

家政婦は母親の面倒を見ていたときの安心感が老女へと心を向かわせる。

 

 

どうですか?!

これは。

 

ただの昼ドラやん!

なんだけど

こんな関係性よくありますよね。

っていうか99%はこんな感じで関係構築しているのが人間の現在地かな、とは思います。

 

わたしも人間の観点にハマっていけば

こんなかんじになりますし。

 

人の無意識の欲求というのは

シンプルに観ていくと

 

自分を最大限活用してくれる人と共にいたくなる

ということなのではないのかと思いました。

 

(この『自分』というのは無意識に決めつけた自分のアイデンティティに沿って、という意味なんですがまぁその辺は今日はおいときます。)

 

誰しもが奥底からいつも叫んでいる

根本的な欲求。

 

『必要とされたい』

『愛されたい』

 

この2点が自分の関係性からなくなったとき

 

人間は生きていくのが困難になるでしょう。

 

今日はね、いつものように

だからこうしていきたい、あーしていきたい、

こんな方法がある

なんてことは書きませんよ。笑

 

ただ、そう思った。

 

なるほどなー

 

以上終了です!(*^O^*)/

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました✨

 

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キランキランの季節ですね~🎶